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東京高等裁判所 平成10年(ネ)1426号 判決

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用(附帯控訴に係る費用を含む。)は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1 原判決を次のとおり変更する。

(一) 控訴人は被控訴人に対し、金九九二万七八四九円及びこれに対する平成七年二月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) (一)につき仮執行宣言

2 訴訟費用(附帯控訴に係る費用を含む。)は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり付加、変更するほかは、原判決書の「第二 事案の概要」(原判決書三頁三行目から二五頁二行目まで)の記載と同一であるので、これを引用する。

一  原判決書八頁三行目の「準委任契約」の次に「又は事務管理」を加える。

二  原判決書九頁八行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(三) 仮に控訴人との間で準委任契約が成立していなかったとしても、前記の経緯からすれば、控訴人は、河辺らの行為を介して、又は河辺らと共同して、信雄及び被控訴人のために、本件保険契約が失効しないように、立替えが効かなくなる時期を把握して保険料支払猶予期間内保険料払込みの必要性を確認するなどの事務の管理をするようになり、それは平成七年二月に信雄が死亡するまで十年以上続いた。したがって、控訴人は、自ら又は河辺らと共同して、善良な管理者の注意をもって、いったん開始した本件保険契約を失効させないための事務を継続する義務があったというべきである。」

三  原判決書九頁九行目の「そうすると」の前に「(四)」を加える。

四  原判決書一四頁五行目の「本件保険契約について」の次に「同年二月分から七月分まで」を加え、同一七頁六行目の「平成六年八月分」を「平成六年七月分」に改める。

五  原判決書一九頁六行目の「準委任契約」の次に「又は事務管理」を、同頁九行目の「準委任契約を締結したとの事実、」の次に「控訴人が河辺らの行為を介して、又は河辺らと共同して信雄及び被控訴人のために本件保険契約が失効しないための事務の管理をするようになり、それが十年以上続いたとの事実及び」をそれぞれ加え、同二〇頁六行目の「管理契約」を「管理契約とか事務管理」に改める。

六  原判決書二〇頁九、一〇行目の「準委任契約などが締結されていないし」を「準委任契約は締結されておらず、事務管理も成立しないから」に改める。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件保険契約失効の成否)について

当裁判所も、本件保険契約は、平成六年一〇月二日をもって失効したものと判断する。

その理由は、次のとおり付加、変更するほかは原判決書二五頁五行目から二八頁八行目までの記載と同一であるから、これを引用する。

1 原判決書二五頁五行目及び二六頁初行の「本件約款四条」を「本件約款三条」に改める。

2 原判決書二五頁七行目の「団体月掛取扱特約付」を「当初は前記争いのない事実のとおり「団体月掛取扱特約付」として契約されたもの」に改める。

3 原判決書二六頁四、五行目の「明示したものというべきである。」の次に「なお、弁論の全趣旨によれば、本件保険契約については、昭和五七年七月分の保険料の支払がないままその猶予期間が経過し、以後保険料の自動貸付制度を利用するようになったため、右特約条項六条(ほ)により本件保険契約の団体月掛取扱特約は失効し、その保険料払込みについては、本件約款三条及び月掛取扱特約条項二条により「会社の本社または会社の指定した場所」に払い込む持参債務になったことが認められる。」を加える。

4 原判決書二六頁一〇行目の次に改行して次のとおり加える。

「被控訴人は、本件保険契約の加入冊子においては保険料の払い込み方法として「1集金扱い、2送金扱い、3銀行口座振替扱い、4団体扱い」の四種が定められ、本件保険契約申込書の表の「2集金」と記載された文字の右横に→記号が付されていることなどから、本件保険契約の場合は集金扱い即ち取立債務の特約があったと主張する。しかし、《証拠略》によれば、右にいう「集金扱い」は、一般的には保険会社において契約者の負担軽減のため顧客サービスの一環として集金実施地域内に居住する契約者について便宜集金人を派遣することを約束し、その集金人が保険料の集金に契約者のもとを訪れたときは当該集金人に保険料の支払いをすることで足るとしたに止まり、持参債務の原則を変じさせて取立債務の特約を定めたとまでは解することはできないし、前記のとおり、信雄が本件保険契約について自動貸付制度を利用するようになって以降は本件保険契約については「団体月掛取扱特約」の扱いの適用外となり、「月掛取扱特約条項」が適用となっていたところ、その二条「保険料の払込」によれば、払込みの原則に対する例外として会社が便宜集金人を派遣して集金扱いの取扱いをする場合もあるが、保険料の自動貸付のある場合は集金扱いの取扱いをしないこととされていることが認められる(本件契約の場合はいったん保険料の自動貸付が行われている以上、立替金の累積額が嵩じ立替えができなくなった場合にも右条項にいう「保険料の自動貸付のある場合」に該当すると解するのが相当である。)。そうすると、被控訴人の主張を前提にした場合においても本件保険契約において保険料の支払方法が取立債務であったとみることはできない。

また、本件保険契約申込書の表の「2集金」と記載された文字の右横に→記号が付されていることは認められるが、弁論の全趣旨によれば、右の欄の→の記載自体は、保険料が銀行振込扱いの場合でも送金扱いの場合でも同様に付されることが認められ、右の→の記載が直ちに集金扱いの場合だけを意味しているものとは理解されないから、右の記載をもって本件保険契約において集金扱い引いては取立債務の特約があったことの根拠とすることはできない。」

二  争点2(信雄と控訴人との間の準委任契約又は事務管理の成否)について

1 本件の経緯

原判決記載の「争いのない事実」(原判決書三頁五行目から七頁八行目まで)に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる(なお、各認定事実の末尾に特に関係の深いと認められる証拠を適宜掲げる。)。

(一) 信雄は、被控訴人肩書住所地において北村医院の名で耳鼻咽喉科の開業医をしていたが、昭和三七年秋ころから、控訴人の保険契約に加入するようになった。当時の控訴人の担当者は保険外務員である谷島三四司(以下「谷島」という。)であったが、そのころから信雄は谷島に勧められて多数の保険契約に加入するようになり、被控訴人(信雄の妻)、黒部(旧姓北村)智子(信雄の長女)及び北村敬子(信雄の次女)を保険者とし、信雄を被保険者として加入した本件保険契約も信雄が谷島に勧められて加入したものであった(《証拠略》)。

(二) 信雄は、本件保険契約の保険料を当初は通常どおり払い込んで支払っていたが、昭和五七年七月分からは保険料の自動貸付の制度を利用するようになった(なお、信雄は、加入していた他の保険についても数件の例外を除いてほとんどについて自動貸付の制度を利用していた。)。ところで、信雄は開業医として多忙であり、十数件もの保険に加入していたうえ、保険料の自動貸付の制度は複雑で、保険会社からしばしば関係書類が送られてくることから、信雄は控訴人から送られてくる各種通知などの書類の整理や各保険の保険金から立替金累計を控除した残額や立替可能期間の把握などを谷島に依頼するようになり、谷島はこれに応じて、各保険の証券番号、契約者、被保険者、保険金、始期・満期、配当、自動貸付制度を利用している保険についての累計借受額、保険料などを記載した一覧表を作成して信雄に説明することとした。そして、信雄は控訴人から送付される立替通知などの郵便物は開封することなく保管し、谷島が来訪した折りに、一括してその内容を確認してもらうなどしていた。

その後、昭和五八年ころ谷島は控訴人を定年退職したため、同人に代わって控訴人の社員であった河辺泰子と力丸純二が信雄の担当者となったが(以下、河辺泰子と力丸純二のことを「河辺ら」ということがある。)、河辺らも、信雄から前任の谷島の場合とほぼ同様の各保険の整理と現況把握を頼まれ、谷島の場合と同様に年に数回信雄宅を訪問する際に、それまで未開封のまま保管されてあった控訴人から送付されてくる郵便物を開封して整理し、一覧表を作成するなどし(前に作成した一覧表に時点ごとに数字の変更を加える場合も含む。)、保険金総額から立替金累計を控除した残額を確認したり、立替可能期間について予測を立てる等の作業をしていた。そして、河辺は平成四年二月に控訴人を退職し、力丸も同年六月に控訴人を退職してそれぞれ関係会社に移ったが、その後もこのような河辺らと信雄との関係は従前とほぼ同様に行われていた。

被控訴人から、河辺又は力丸が作成したとするこれらの一覧表として、昭和五八年八月現在から六〇年一〇月現在の各保険の状況と変化を記載したもの、平成三年一〇月一八日現在のもの、平成五年一一月五日現在のもの、平成七年二月二日現在のものが提出されているが、信雄生前の最後のものとしての平成五年一一月五日現在の一覧表によれば、信雄を契約書兼被保険者とした保険が一四件あり、保険金合計は一億九五五〇万円、立替金残高累計の合計が一億〇二九九万三九七七円で、差引九二五〇万六〇二三円という数字の記載がされている。

なお、河辺らは、平成五、六年夏ころに、控訴人八王子支社所属の収納保全職員(集金扱いの保険契約の集金を担当する職員)の田中に信雄の契約で失効しそうなもののリストが回ってきたら連絡してほしいとの要望をしたことがあったが、控訴人の場合、保険に加入して一、二年で保険料が未払いとなったときなどは本社から当該契約に関わった支社に適宜連絡がなされるケースもあるが、数年経過した場合にはそのような連絡はされないこととなっていることなどから、右田中は明確な返答をしなかった(《証拠略》)。

(三) ところで、保険料の自動貸付の制度は、保険料の払込期日までに保険金の払込みがなされなかった場合でも契約を直ちに失効させるのではなく(むしろできるだけ契約の効力を維持させる目的で)、解約返戻金の範囲内で保険料を契約者に貸付け、保険料の支払に充てる約款上の制度であるが、保険料の払込みがなく、自動貸付制度が利用された場合は、保険会社である控訴人からは契約者に次のような書類が順次送られることになっていた。

ア 所定の保険料支払期日が到来したが保険料の支払がなく、自動貸付制度の適用があった場合は、立替開始月の翌々々月の下旬に、前回までの立替金残高、今回の立替金額、利息などを記載した「お立替えのお知らせ」と題する通知(その見本は別紙一。以下「立替通知」という。)を出す(《証拠略》)。

イ 保険料立替最終月の下旬に「保険料お払い込み再開のおすすめ」と題する通知(その見本は別紙二。以下「再開勧奨通知」という。)を出す。

これには、「あなた様のご契約につきましては、現在保険料がお立替(自動貸付)となっております。今後もこのまま保険料のお払込みがございませんとお立替ができなくなり大切な保険の効力が失われ、保障がなくなる場合があります。ぜひ、今後の保険料のお払込みを再開していただきますようおすすめ申しあげます」との記載、「このまま保険料お払い込み再開のお申し出がない場合のお取扱い。〇年〇月〇日(立替最終月末日から二か月経過の日)までに再開のお申し出がございませんと、ご契約は、<1>効力が失われます <2>再度お立替えします」(控訴人において発出時に<1>、<2>のいずれかを抹消する。)との記載がある(《証拠略》)。

ウ 次期の支払も再び保険料の支払がなく、自動貸付制度が利用された場合には、二回目の「立替通知」(時期と様式はアと同じ。)が出される。

エ そして、この場合も立替月の最終月の下旬に第二回目の「再開勧奨通知」(様式はイの場合と同じ。)が出される。

オ 解約返戻金の額が立替金残高と比べて余裕があり、連続して自動貸付制度が利用された場合には、さらに「立替通知」と「再開勧奨通知」が立替のたびに順次交互に何度も繰り返されることになる。

カ しかし、立替金の累積残高が解約返戻金の額に近づき、一年分の保険料の立替えができず六か月分の立替えしかできないときは、立替通知には、「* 年払保険料にてお立替えできませんでしたので、半年払の保険料をお立替えし、ご契約を有効にご継続いたしました。」「今回はお立替えできましたが、このままにしておかれますと以後のお立替えができず、ご契約の効力が失われます。」「ご契約の効力期限日(〇月〇日)が間近にせまっておりますので、今後のご継続につきましては至急右記お問合せ先までご連絡ください。」との文言を記載した様式の立替通知が発信される(《証拠略》)。

そして、その場合は立替最終月の下旬に出される「再開勧奨通知」には「あなた様のご契約につきましては、現在保険料がお立替(自動貸付)となっております。今後もそのまま保険料のお払込みがございませんとお立替ができなくなり大切な保険の効力が失われ、保障がなくなる場合があります。ぜひ、今後の保険料のお払込みを再開していただきますようおすすめ申しあげます」との記載、「保険料お払い込み再開のお申し出がない場合のお取扱い。…… 年 月 日(立替最終月末日から二か月経過の日)までに再開のお申し出がございませんと、ご契約は、<1>効力が失われます <2>再度お立替えします」(<2>を抹消)の記載がされる。(《証拠略》)。

キ カの「立替通知」及び「再開勧奨通知」にもかかわらず猶予期間までに保険料の支払がなされないと契約は失効するが、失効後三か月の間は簡易な方法による契約復活が認められるので、控訴人は失効日から一か月半ほど経過した後に「大切なご契約の復活(継続)をおすすめします。」と題する書面を送付する。これには「ただいま大切なご契約は効力が失われております。次のお手続きをとられますと、ご契約を復活(継続)することができます。‥「保険契約復活申込書」(失効後3か月以内の場合)にご記入のうえ、至急同封の封筒でご返送ください。‥」等の記載がある(その見本は別紙三。以後この通知のことを「失効通知A」という。)(《証拠略》)。

ク 失効後三か月が経過した場合は、更に控訴人は「復活のおすすめ」と題する書面を送付する。これには「あなた様のご契約の保険料は以下の月分までお払い込みいただきましたが、その後のお払い込みがございませんでしたので、ただいまのところ、ご契約の効力が失われております。このままですと、せっかく加入いただきましたご契約がむだになってしまいます。ご家庭の安心と幸福のためにも、ぜひ復活のうえご継続くださいますようおすすめ申し上げます。‥なお、復活されない場合は以下の「お払い戻し金額」をお支払いいたしますので、請求手続きをお取りください。」との記載がある(その例は、別紙四。以下この通知のことを「失効通知B」という。)(《証拠略》)。

(四) 本件契約の場合、信雄は昭和五七年七月以降自動貸付制度を利用するようになった。そして、立替期間は、昭和五七年は同年七月から翌年の一月までの七か月分であったが、昭和五八年以降は各年の二月から翌年の一月までの一二か月間であり、以降平成五年二月の立替分までは一二か月分の立替えが可能であったので、控訴人は信雄に各年の五月下旬に一二か月分の立替えを行った旨の「立替通知」を送付し、それぞれの立替最終月(翌年の一月下旬)には、「再開勧奨通知」を送付していた(そして、これらの「立替通知」及び「再開勧奨通知」には各保険の立替金残高が明示されることから、これらに基づいて河辺ら(その前任の谷島も含む。)は各保険の立替金残高を把握し、甲第一ないし第四号証のような一覧表を作成していたものと推認される。)。

(五) しかし、平成六年二月以降の立替えについては一二か月分の立替えができず約款の規定に基づき半年分の立替えしかできない状態となっていた。そこで控訴人は、平成六年一月下旬に、従前と同様の様式の「六年四月一日までに再開のお申し出がございませんと、ご契約は、<1>効力が失われます、<2>再度お立て替えします」(<1>を抹消)と記載した「再開勧奨通知」を出したが、同年五月一七日に作成し、同月二六日に発信した「立替通知」では、これまでと異なり、「* 年払保険料にてお立替えできませんでしたので、半年払の保険料をお立替えし、ご契約を有効にご継続いたしました。」「今回はお立替えできましたが、このままにしておかれますと以後のお立替えができず、ご契約の効力が失われます。」「ご契約の効力期限日(平成六年一〇月一日が記載されたと推認される。)が間近にせまっておりますので、今後のご継続につきましては至急右記お問合せ先までご連絡ください。」との文言を記載した様式の立替通知を発信した。

(六) その後、更に立替月の最終月である同年七月二六日に、控訴人は最後の「再開勧奨通知」を出したが、右書面では再開の申し出がない場合の取扱としては、「六年一〇月一日までに再開のお申し出がございませんと、ご契約は、<1>効力が失われます<2>再度お立替えします」(<2>を抹消)と記載して発信した。

(七) しかし、信雄からは平成六年一〇月一日までに保険料の払い込みがなかったため、本件保険契約は失効したので、控訴人は平成六年一一月一七日に「失効通知A」を発信した。

(八) その後、信雄の側からは特段の動きもなく、控訴人は平成七年二月一六日に「失効通知B」を発送し、右各「失効通知B」はその頃被控訴人住所に郵送された。

(九) 以上の本件の場合の時系列は、別紙五の「時系列通知一覧」のとおりである。

なお、被控訴人は、信雄の生前に前記(五)の「立替通知」、(六)の「再開勧奨通知」、(七)の「失効通知A」を受領したことはない旨主張し、河辺泰子もそれらの書類を被控訴人から見せられたことはない旨供述している。しかし、(1)信雄や被控訴人は、保険会社たる控訴人から送付される保険関係の郵便物については未開封のまま一括して保管し、河辺らが来訪した折りに河辺らにこれらを渡して開封をさせたとしていること、(2)これまで自動貸付による一二か月の保険料立替制度を利用するたびに毎年「立替通知」と「再開勧奨通知」が繰り返し控訴人から信雄に発信されそれらが一度でも送達されなかった形跡は窺われないこと、(3)控訴人の内部書類によれば、(五)の立替通知と(七)の失効通知Aは信雄のために作成・発信されたことが認められること、(4)前記(八)の「失効通知B」は被控訴人住所に送達されていることなどの前後関係からみて、前記(五)の立替通知、(六)の再開勧奨通知、(七)の失効通知Aはいずれも控訴人から信雄宛送付されていたとみるほかはなく、被控訴人において何らかの原因でこれらの郵便物を河辺に提示しなかったと認定するのが相当である。そして、平成六年中の河辺らの被控訴人宅への来訪については、被控訴人は二月(二回)、五月(二回)、六月・九月(各一回)、一一月(二回)と述べ、河辺は二月(一回)、五月(一回)、一一月(三回)と述べるが、いずれにせよ遅くとも一一月の最後の来訪時迄に被控訴人においてこれら郵便物を河辺に提示していれば河辺においてその内容を確認する機会は十分あったと認められる。

(一〇) ところで、信雄は、平成四年秋ころから糖尿病等でしばしば入院を繰り返し、以後は精神状態にも乱れが生じ、普通の日常生活も困難な状態が続いたところ、平成七年二月一日に死亡した(平成五年末以後をみると、信雄は、平成五年一〇月から平成六年二月までアルコール依存症、肝機能不全などにより入院し、平成六年四月六日から同年五月二八日まで同病により入院し、平成六年一二月二八日から死亡直前まで入院している。)。(《証拠略》)。

(一一) 信雄死亡後の平成七年二月二〇日に河辺は被控訴人に頼まれて信雄の死亡診断書を添えて本件保険契約にかかる保険金の請求をしたところ、控訴人の担当者から本件保険契約が失効している旨の通知を受けた。河辺は平成六年中にも、これまでと同様、数回被控訴人宅を訪れ、未開封のまま保管されていた控訴人から送られてきた保険関係書類を開封して整理するなどしていたが、被控訴人からは前記(五)の「立替通知」、(六)の「再開勧奨通知」、(七)の「失効通知A」を見せられたことはなかった。河辺が被控訴人にそのような書類の有無を尋ねたところ、被控訴人は控訴人からそのような立替通知、再開勧奨通知及び失効通知Aを受領したことの記憶はないとの返答であった(《証拠略》)。

2 右事実に基づく判断

生命保険契約の加入、継続、解約など契約の管理は、もとより(契約の失効防止も含めて)契約当事者の自己責任が原則であることは論をまたない。特に本件契約の場合、信雄は自動貸付による保険料立替制度を利用しその立替金の累積額はかなりの額に達していたから、早晩立替えができずそのままにしておくと保険が失効する危険性があることはある程度予想ができたというべきである。しかも、信雄を被保険者とする多種多額の生命保険契約に加入し、その維持に腐心していた信雄やその家族である被控訴人としては、近い将来にそうした生命保険契約の失効という事態が生じないよう細心の注意を払うべき立場にあった。

ところで、前記認定の事実によれば、河辺らが、信雄から依頼されて保険会社たる控訴人から送られてくる郵便物の内容の点検をし一覧表を作成するなどして、本件保険を含む自動貸付制度を利用した多数の保険について立替金残高の確認や立替可能期間の予測等各保険契約の状況把握に努めていたことは認められるが(前記1(二))、これらはもっぱら控訴人から信雄宛に送付されてくる郵便物の内容を確認することを中核とする補助的作業にすぎず、河辺らは本件保険契約の控訴人側の契約担当者の立場を離れて個人的に契約当事者たる信雄の保険料の支払等に関する履行補助者的な立場において協力したに止まり、本件保険契約の失効防止を含む維持管理の主体は信雄にあったと認めるのが相当である。上記のように信雄や被控訴人は控訴人から送られてくる各種保険関係の郵便物を未開封のまま保管しておき、一年に数回来訪した折りに一括して河辺らに開封させてその内容点検を通じての各種保険の整理や内容把握をしてもらっていたが、そのようなやり方では、例えば控訴人から送付された郵便物の保管ミスや紛失、あるいは内容点検のミス等の原因によって当該郵便物の内容が正確に河辺らに把握されないままとなることも当然あり得ることであって、信雄や被控訴人において各種保険の整理と現状把握を河辺らに全て一任したり、河辺らがそのような趣旨で管理を引き受けていたとみることは相当ではない。

したがって、被控訴人が主張するように河辺らが信雄に代わって本件保険契約の維持管理を受任していたと認定することはできず、いわんや被控訴人が主張するように河辺らを介して信雄と控訴人との間で本件保険契約を失効させないよう保険を維持管理する旨の準委任契約が成立したとは本件証拠上到底認めることはできない。

そしてまた、前記認定のとおり、谷島及び河辺らが信雄や被控訴人のために、その依頼によって年数回の訪問の際、控訴人から送付された各種通知等の確認、整理、これらを通じての前記一覧表作成により本件保険契約を含む多数の保険の現状把握をし、そのような関係が昭和五七年頃から信雄死亡の平成七年まで約一二年間続いたとしても、これをもって谷島ないし河辺ら又は控訴人において、信雄及び被控訴人のために本件保険契約を失効させないための事務管理が行われていたと評価するには足りない。河辺が控訴人八王子支社所属の収納保全職員田中に対して信雄らのため保険契約失効防止について連絡を依頼した前記認定の事実をもってしても、河辺らについて事務管理の成立を認めるには足りず、いわんや控訴人が河辺らと共同事務管理者の立場に立った等の被控訴人の主張を認めるには到底足りないというべきである。なるほど、河辺らは前記のような一覧表作成などをして信雄らの保険の整理と現状把握に努めてはいるが、それは前任者である谷島以来の行き掛りや信雄がこれまで多数かつ多額の保険に加入してくれる重要な顧客であったため、いわゆるアフターケアないしアフターサービスの一環としてそうしたサービスに努めたものとみるべきで、その意味で控訴人の業務と全く無縁であったとまではいえないにしても、そのことから河辺らの行為が事務管理として行われたとか、いわんや保険金社たる控訴人の行為として行われたといえないことは明らかである。

そうすると、河辺らを介して信雄と控訴人との間に保険を失効させないことなどを内容とする本件保険契約の維持管理に関する準委任契約が成立していること又は同旨の事務管理が成立していることを前提としてその債務不履行をいう被控訴人の主張は採用できないというべきである。

3 なお、付言すると、保険料の払い込みがなく自動貸付による保険料立替え制度の適用が連続して行われていた場合に、保険会社である控訴人において、立替保険料が累増し、向後一二か月分の保険料の立替えができず六か月分の立替えに止まる事態となった場合でも、それについて事前に特段の通知をせず、立替えの直前に送付する「再開勧奨通知」においてそれまでと同じような様式で、「 年 月 日までに再開のお申し出がございませんと、<1>効力が失われます、<2>再度お立替えします」(<1>を抹消)と通知していることは再考を要する面がある。すなわち、そのような再開勧奨通知では、契約者には一見従前と同じような一二か月の立替えが可能であることの印象を与えるものであり、特に本件におけるように契約者において継続的に一二か月の自動貸付による保険料立替え制度を利用してきた場合は、そのような通知を受けた者は今回も一年分の保険料の立替えがあるものと信頼するのが普通であって、それにもかかわらず立替えが開始された三か月後の「立替通知」において初めて一二か月の保険金立替えでなく六か月の立替えであること、しかもこのままにしておくと契約が四か月後に失効することが明示されることは、契約者にとっていわば不意打ち的な面があることは否定できず、契約者の予期しない生命保険失効防止の観点からは、改善の余地があるといわなければならない。しかし、本件の場合は、前記のとおり1(五)の「立替通知」、(六)の「再開勧奨通知」、(七)「失効通知A」は信雄の下に届けられ、信雄や被控訴人(さらにその履行補助者的な立場にあった河辺らにおいて)それを開披して内容を確認する機会は十分あったとみられる以上、上記の点を考慮しても前記判断を左右するものではない。

三  争点3(使用者責任の成否)について

上記認定のように河辺らと信雄又は被控訴人との間の準委任契約関係も事務管理関係も認められず、河辺らの信雄宛の郵便物を通じての本件保険を含めての各種保険の整理等の行為は、もっぱら信雄や被控訴人の利益のために河辺らの個人的な立場でのサービス行為として行われていたにすぎない以上、本件保険契約の失効について河辺らに不法行為責任の成立する余地はなく、また右のサービス行為について内容的にも外形的にも控訴人の職務上の行為と目すべきものがあったと認めることはできない。したがって、民法七一五条に基づく不法行為を原因とする被控訴人の請求は主張自体理由がない。

第四  結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求は理由がないというべきである。

そうすると、これと異なり被控訴人の請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、右取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年七月二九日)

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 大島崇志 裁判官 豊田建夫)

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